2012-02-12

危機を感じた

先週末にあんなちゃんと話してなんとなく違和感として先週ずっと感じていたことがあった。

話自体はとても楽しかったのだけど、なんか昔のようにあけっぴろげで
楽しく話す感じではなかったこと。

あんなちゃんは変わっていないから変わったのは自分なんだと思う。

しかも、悪い方に。。。



最近直筆で手紙を書くことが多いからか毎日のようにもっと字がうまくなりたいなって思っていた。


前だったら「字をきれいに書く < 問題を解く」ってなんとも発想が理系な人だったし、
それがある意味“軸”だった気がする。

字を書く=ツールであると考えていたからそのきれいさとかがさほどこだわったことがなかった。(お習字をやっている時間は除き)


でも、ひとつひとつに正面から向き合ってみて思うことがどれも取るに足りなし…と言った感じか。

「字をもっとうまくなりたい」と思い練習するとか、せめて書くたびに意識することは大事なことかもしれないけれど、
私の場合、その小さなこと一つ一つ、一個ずつに執着していたらもっと大きなことを見逃してしまうのじゃないかって思い始めた。

今までだったら小さなことはとりあえずおいておいて大きな枠組みをある程度把握した後にこだわるってスタイルだったけれど、

週5日12時間以上閉ざされた空間に毎日同じことをやっていると、体感的に「隔離」されている気分になり、
細かいことがどんどん気になり始めるっていう悪循環が生まれていることに
今気が付いた。

入社当時に感じていた「この人たちどうしてこんなに細かいことをいうのだろうか」ということをたぶん今の自分は言っていると思う。


些細なことも気づく。それがプロなんです。


と、言ってしまえば正論だけれど、それに費やした時間でもっと大きな利益を生むこともできるんじゃないかという反論も少なからずある。


気が付いてしまった「字をきれいに書きたい」というのは字を書くときだけ意識をする程度に抑えておいて、
もう少し視野を広く持つことが今の自分に必要なことなんじゃないかと気づいた。


そう、自分の視野が狭くなってきていることがあんなちゃんとの会話に違和感を感じさせたのだと思った。

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